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5 未練の整理
2021.02.09 Tue. 5:05こうして生活に慣れてきたタイミングで、大抵は人が恋しくなって誰かと生活したくなるんだと思う。けれど同居人のおかげでそんな考えも浮かばず、衣食住を充たされてあとは仕事を見つけるばかり。一人が良いと言ってられるのは最初だけで、同居人がいなかったらだいぶ苦しかったはずだ。とにかく仕事がしたいと思う。それも撮影の仕事ではなく何か違うこと。この生活だって同居人と僕の性格上いつまで続くかわからない。今は生活が何より発想の元になっているけれど「生活」は「移動」を前提にしているからできることで、本当になれてしまったら本来の目的が失われてしまう。

前に被災地域の村へ行った時「人が定住を始めたのはここ最近の話なんですよ」と教えてくれた人がいた。天災も含めた何かの理由で、昔は人は常に移動しながら生活をしてきたのだと。土地や所有についてもその人なりの考えがあって、被災地域のいろいろの線引きや現状を交えて話してくれた。その人もどこかから移動をしてその村で仕事をしていたのだった。僕はその話を聞いた時いくつかの小説を思い出して、自分の作品に近い感性も感じた。そして父が育った家のことを考えた。父の家は県の中心部から離れた田舎も田舎。土地は侘しくて風景は寂しい。数年前に用があって行ったのだが、現在は自然にやられ半壊状態で、中を覗くとタヌキの親子が寝ていた。そのくらい誰も来ていないのだろう。そんな場所でも税金はかかってくる。いつかは取り壊して更地にしなければいけない。その管理をするのは僕なのである。でも、残しておく理由はあるのか。あるとすれば思い出だけ。そこでの生活は考えることはできない。思い出のために土地を残すことに意義や意味を感じない。思い出への執着は過去への執着、それでは先へ進めないような気分にもなる。そう考えると土地の所有はろくなもんではないと思えてくる。
昨年の暮れ、大掃除をしながら上岡龍太郎と立川談志の対談映像を流し聞していた。二人の会話からは、ユーモアと知性が混じった人生に対する謙虚さみたいなものが伝わってきた。「人生に対する謙虚さ」なんてものを感じられるようになるとは、自分も年をとったなと感じる。つまり死を意識し始めたということ。対談の中に「未練の整理」という言葉がでてくる。死は時期を選ばず誰にでも平等にやってくる。そして何歳で死んでも、どのタイミングで死んでも未練は必ずのこる。だからできる限りの未練の整理をしておくことでしょうね、と。ある年齢を超えて生きることは未練の整理をすることかもしれない。自分が知る死の中で、父ほど未練を残して亡くなった人を他に知らない。その未練は僕にも遺っている。父のことだから、きっと今の僕のこともあの世で未練たらたらだろう。父は死期を悟った後、僕ら家族のために残りの殆どの時間を使った。僕はそんな父の覚悟を知ろうとせず、悲しみから逃げたのだ。逃げて逃げて、写真から逆襲されたのだった。なんにせよ僕は一先ずは、因果なあの作品のプリントをやり遂げて、そのうちに家へ帰って、責任を果たさなければいけない。というか、父のためにそうしたいのだ。
子供の頃、父が育った家の裏で、写真にあるような木にタヌキの親子がしがみ付いているのを見たことがある。時間は夜中で、家族に起こされて見に行ったはず。記憶には夜なのに明るくて、タヌキたちの顔が見えるようだった。それから、なぜかタヌキをみる僕ら家族の後ろ姿も被ってきて、父が僕に見せたかった自身の故郷の感性までも思い出させる。思い出も記憶も曖昧。童話や昔話みたいな創作が干渉して、ありもしない事実を創り出しているのかも。だけど、半壊した現在の父の家には実際にタヌキの親子が住んでいた。僕があの夜に見たタヌキの姿とは全く違っていて、思ったよりワイルドだったけれど。